講座「碧梧桐と熊谷の文化史―現代俳句の系譜と民芸店「工藝」の文化振興―」 [普及事業]
昨年、熊谷市名勝「星溪園」積翠閣で開催された講座「碧梧桐と熊谷の文化史―現代俳句の系譜と民芸店「工藝」の文化振興―」の様子を収録し、Youtubeのサイトにおいて配信しています。ご参照ください。
講座は俳壇史を学び楽しむ in 星溪園 熊谷青年会議所クールシェア版街なかゼミナールとして開催しました。俳壇史と熊谷の文化史の関わりを学ぶ講座と、俳人・河東碧梧桐の揮毫俳句を含む屏風を特別公開しました。また、講座では俳人・金子兜太と碧梧桐の関わりや、屏風を所有していた古美術店「工藝」にも着目しました。
【解説】
河東碧梧桐(かわひがし・へきごとう) (1873-1937)
明治6年(1873)2月26日、愛媛県松山市千舟町(旧温泉郡千船町)に生まれる。伊予尋常中学校(現在の愛媛県立松山東高校)、第三高等学校入学の後、第二高等学校(現・東北大学)中退。中学時代から正岡子規に兄事、高浜虚子とともに子規門の双璧をなした。子規没後、新聞「日本」の俳句欄の選者を子規より継承した。明治39年全国俳句行脚を開始、新傾向俳句運動を進める。中塚一碧楼らと大正4年『海紅』を創刊、自由律俳句を示す。『八年間』『三千里』『碧梧桐句集』などがある。大正12年「碧」、14年「三昧」を創刊。昭和12年(1937)2月1日死去。
古美術店「工藝」と碧梧桐屏風
熊谷市本町二丁目の国道17号沿い市役所前交差点近くにあった古美術店。かつては江戸時代後期から続く木綿問屋が原点で、戦後は金子綿ふとん店として店舗が続けられた後、1980年から古民家を活かした古美術店「工藝」として開店し、2010年頃に閉店した。現在、その店舗建物は残されていない。「工藝」の店主、熊木憲市氏(1938-2010)は、フランス文学者の朝吹登水子氏(1917-2005)や俳人の金子兜太氏(1919-2018)とも交流があったほか、俳人の揮毫作品のコレクションなどでも知られる。