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野分(のわき)の痕 湯殿神社湧泉の復活? [その他]

 今秋の台風被害は各地で多くの惨禍をもたらし、市域でも少なからず影響があったようです。市域での降雨も常ではなく、台地に浸み込んだ雨水なのでしょう普段は枯渇していた湯殿神社の御手洗池にも清水で一杯となっています。湧泉碑(不動石)付近へ注ぐ台地礫層からの小流が現在でも幾筋も見られます。社殿裏の「西別府祭祀遺跡」付近でも同様に幾筋もの流れがありました。
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 以前、土地の長老から聞いた泉の様子が再現されたかのように思えました。かつては湯殿神社の祭祀を担った別当「清瀧院」は古くからの湧泉地に因んだものと思われます。
 水路の水にも濁りは無く、人の気配にも野鴨は平気で泳ぎ、ザリガニは鋏を振り上げて威嚇していました。ここでは遺跡を守る番人のようです。
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※野分(のわき) 中秋から初冬にかけて吹く暴風のこと、遅れて来る台風のこと
※西別府祭祀遺跡(国指定史跡幡羅官衙遺跡群の構成遺跡のひとつ)
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熊谷市文化財保護審議会及び第12回地域伝統芸能今昔物語実行委員会の開催 [その他]

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熊谷市文化財保護審議会における熊谷市教育委員会の野原晃教育長の挨拶

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第12回地域伝統芸能今昔物語実行委員会での藤間勘蓉副委員長の挨拶


 10月2日、熊谷市立江南文化財センターで、令和元年度第2回熊谷市文化財保護審議会及び本年度1回目となる第12回地域伝統芸能今昔物語実行委員会が開催されました。午後1時半から開始された文化財保護審議会では、熊谷市教育委員会から審議会への文化財指定に向けた調査に関する諮問の協議と、文化財関連の公共施設再編方針案などに関する報告がありました。
 午後3時15分から開始された今昔物語実行委員会では、毎年恒例となった11月23日開催の「地域伝統芸能今昔物語」の運営についての協議が行われました。本年は第12回となり熊谷文化創造館「さくらめいと」太陽のホールを会場に、無形民俗文化財と一般芸能を合わせた14団体の出演を予定しています。




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ラグビー日本代表×南アフリカ代表 山車の登場も [その他]



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熊谷ラグビー場で9月6日、ラグビー日本代表と南アフリカ代表が対戦!
ラグビーワールドカップ2019日本大会の開幕を直前に控え、前回大会で「奇跡の大逆転劇」と呼ばれたカードが実現しました。熊谷市市街地のコミュニティ広場にはファンゾーンが設けられ、パブリックビュー会場にもなっています。試合会場近く、熊谷駅前、ファンゾーン近くには熊谷うちわ祭の山車が登場し、雰囲気を盛り上げていました。





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令和元年度 第1回熊谷市文化財保護審議会の開催 [その他]

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 2019年6月21日、令和元年度第1回熊谷市文化財保護審議会が熊谷市立江南文化財センター講座室にて開催されました。今回の審議会では、平成30年度における本市の文化財保護事業の報告、協議として令和元年度における事業計画、文化財の指定に向けた調査に係る諮問などについて協議を行いました。文化財指定に向けての調査に関しては、「中西遺跡出土土偶一括」などの調査検討をはじめ、特に考古資料についての協議が主たる内容となりました。それらの提案事項の全てが承認されました。文化財としての価値理解に向けて審議会委員及び事務局では、年間を通しての調査を実施する予定です。




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熊谷市文化財保護審議会の開催 [その他]

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審議会での調査報告


 3月20日、熊谷市文化財保護審議会の会議が熊谷市立江南文化財センターで開催されました。当審議会は熊谷市教育委員会の附属機関として本市の文化財保護行政に関する協議や文化財の指定答申などを行う役割があり、年に2回ほど開催されます。今回は平成30年度第2回の会議であり、文化財指定に関する審議や幡羅官衙遺跡群の特別展などの報告がありました。また、本年度、ものつくり大学で実施した熊谷市小八林にある「長島記念館」の調査について、横山晋一委員(建築史)から報告がありました。



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熊谷市文化財保護審議会行政視察 「歓喜院聖天堂」「光恩寺長屋門」 [その他]



 熊谷市文化財保護審議会の行政視察が妻沼聖天山本殿の国宝「歓喜院聖天堂」及び群馬県千代田町にある光恩寺で行われました。聖天堂で実施中の美装化事業の現地視察と、旧俵瀬村出身で日本初の女性医師となった荻野吟子の生家から光恩寺に移設された国登録有形文化財の長屋門などを視察しました。途中、利根川の赤岩渡船を利用し、埼玉県から群馬県の県境を行き来しました。利根川を挟んだ地域はかつてから多くの文化交流があり、県域を超えた歴史に想いを馳せました。


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国宝「歓喜院聖天堂」美装化事業の現地確認


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埼玉県側にある黄色い旗を揚げると、千代田町から船が迎えに来てくれる。


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船上からは両岸のほか遠く赤城山や利根大堰を見ることができる。


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光恩寺に移設された荻野吟子生家の長屋門を前に



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中条堤―3  堤の現況と歴史的な評価 [その他]

 中条堤の歴史や機能への研究は多くの研究者により進められていますが、その一人に皇太子殿下-徳仁親王がおられます。平成21年3月トルコで開かれた「第5回世界水フォーラム」において、唐古鍵遺跡や「中条堤」を取り上げて、『水とかかわる-人と水との闘い』と題した基調講演をなされています。 講演に先立ち同年2月には中条堤に立たれ、熊谷市域から行田市域に伸びる堤の現況と集落の配置などを目の当たりにされたようです。
 なお、講演の内容などは「宮内庁」ホームページから見ることができます。
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中条堤(日向地点の)説明版

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現在の福川水門―葛和田
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中条堤―2  堤の機能 [その他]

 利根川から中条堤の間は、自然堤防上に集落が乗り、合間は水田や畑地等が広がっています。かつては利根川の流路であり、中条堤が一時的に利根川の水を滞留させ、流量を調節する機能を持たせたことから、一旦氾濫すると堤内は水没し住宅や農作物などへの水損被害をまともに受けました。現在は利根川堤防により、中条堤の役割は少なくなっていますが、大規模土木遺産としてその姿と歴史的役割は長く記憶されるものです。
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中条堤(北河原堤)の説明版

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昭和22年(1947)の航空写真に見る中条堤と利根川
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中条堤―1  寛保の大水害と利根川の堤防普請 [その他]

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貴総門
 冬季の関東地方は乾季に当たっており、昔から土木工事は雨水の少ないこの時期に集中して行われてきました。とくに水防工事は多くの受益者が農民であり、農作業が少ない農閑期はその人手も集めやすいことから計画的に行われていました。その年の破堤や嵩上げなど修築や補修工事を来季まで持ち越さないように、堤の地固めや「水制」用の蛇籠に詰める河原石など採取には多くの人出を必要としていました。
 寛保2年(1742)8月、関東地方はかつてない荒天により主要河川は氾濫し甚大な被害を受けています。「寛保の大水害」といわれ、中条堤と利根川堤防も大きく破堤したようです。この水害による復興工事は幕府主導で諸大名に手伝わせる御手伝普請として同年11月より開始され、妻沼付近は長門岩国藩(吉川経永6万石)が担当しました。この復興工事は被害を受けた地元の老若男女の農民が人足として働き、賃銭を得て生活の糧とした救恤事業の一面がありました。
 この災害により、聖天堂の建築工事が一時中断したとされますが、岩国藩士との人的に交流の中から貴総門の設計協力が行われました。
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貴総門

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熊谷の「木遣り」と「塚」 [その他]

 建築工事の基礎工事として行われる「地形(じぎょう)」はかつての鳶職等の専門職人を中心に行なわれた。やぐらや足場を組み地固めに使われる「芯棒」を引っ張り上げ落とすことで地均しや地固めを集団作業で行うものであるが、機械化が進んだ今ほとんど見ることなくなった。この仕事歌として歌われたのが「木遣り」で、熊谷の木遣りは市指定民俗文化財となっており、保存継承活動を続けている木遣保存会では60種類ほどの曲目が伝承されているそうです。現在でも、「出初式」や「うちわ祭り」で歌われています。
 写真は成田地区と奈良・大幡地区に建てられた「木遣塚」です。事業に使われた芯棒をモニュメントとした木遣塚です。下部に縄掛用の突起が付けられています。熊谷市内にはこのような「木遣塚」が高城神社をはじめ5箇所余り建てられており、主要な仕事であったことを伝えています。
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成田地区に建てられた「木遣塚」 奈良・大幡地区に建てられた「木遣塚」

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