「第13回地域伝統芸能今昔物語」映像記録会:熊谷市指定無形民俗文化財「上川原神道香取流棒術保存会」 [民俗]
令和2年11月23日に熊谷市妻沼中央公民館大ホールで開催された「第13回地域伝統芸能今昔物語」映像記録会の様子がYouTubeで公開されています。第2回目となる今回は熊谷市指定無形民俗文化財「上川原神道香取流棒術保存会」の披露をご堪能ください。江戸時代初期から熊谷市小島地区で継承されている棒術(剣術)で、その迫力ある組み手が特徴です。
第45回記念「熊谷市美術家協会 会員展」 [展示]
企画展「~画道80年の軌跡~追悼・大野百樹展」
企画展「~画道80年の軌跡~追悼・大野百樹展」開催中
熊谷を代表し、かつ日本を代表する日本画家の一人、大野百樹氏の展覧会が熊谷市立熊谷図書館3階美術展示室で開催されています。
開催概要(熊谷市ホームページより、展示風景も)
会期:令和3年4月1日(木曜日)から5月16日(日曜日)まで
休館日:毎週月曜日(祝日を除く)、4月2日(金曜日)、4月30日(金曜日)、5月6日(木曜日)、5月7日(金曜日)
時間:9時から17時まで
場所:熊谷市立熊谷図書館 3階 美術展示室
入場無料
合わせて記念講演会も開催します。
テーマ:「大野百樹 その人と作品」
講師:久保孝久氏(日本美術院特待)
日時:4月27日(火曜日)13時30分から15時まで
場所:熊谷市立熊谷図書館 4階 第一講座室
定員:40人(申込先着順)
参加費:無料
問合せ
熊谷図書館
電話:048-525-4551(直通) ファクス:048-525-4552
熊谷を代表し、かつ日本を代表する日本画家の一人、大野百樹氏の展覧会が熊谷市立熊谷図書館3階美術展示室で開催されています。
開催概要(熊谷市ホームページより、展示風景も)
会期:令和3年4月1日(木曜日)から5月16日(日曜日)まで
休館日:毎週月曜日(祝日を除く)、4月2日(金曜日)、4月30日(金曜日)、5月6日(木曜日)、5月7日(金曜日)
時間:9時から17時まで
場所:熊谷市立熊谷図書館 3階 美術展示室
入場無料
合わせて記念講演会も開催します。
テーマ:「大野百樹 その人と作品」
講師:久保孝久氏(日本美術院特待)
日時:4月27日(火曜日)13時30分から15時まで
場所:熊谷市立熊谷図書館 4階 第一講座室
定員:40人(申込先着順)
参加費:無料
問合せ
熊谷図書館
電話:048-525-4551(直通) ファクス:048-525-4552
花笠香合、そして香道直心流と鳩居堂 [花]
桜を惜しむ候を迎えました。
茶室にも吉野山の和歌懐紙を掛けて花笠香合を飾り、花供養をしています。
京都府北区今宮神社摂社疫神社の祭礼に、4月の第二日曜日に行われるやすらい祭があります。鞨鼓を持つ少年と鬼とが花傘を守り、町から町へ踊り歩く奇祭で、床の間に飾っている香合は、その傘を模したものです。
桜の花が散り初める陰暦三月の頃疫病が流行したので、花の霊を鎮め無病息災を祈願したのが起こりと言われています。毎春、私たちに美しい姿を見せて散りゆく花に感謝と訣別の意を託し、初夏を新しい気持ちで迎えたいと思います。
香合(こうごう)に因みまして、今日は、私が習学させて頂いている香道直心流と鳩居堂のことを少しお話させていただきます。
鳩居堂初代熊谷直心(じきしん)は、熊谷直実から数えて二十代目になります。京都で医学や薬学を学び、寛文3年(1663)に本能寺の門前で薬種商「鳩居堂」を創業します。
四代目熊谷直恭(なおやす)は社会奉仕にも力を注ぎ、種痘摂取所「有信堂」を設け、息子の直孝(なおたか)はここに日本初の小学校として開校した「柳池小学校」の母体となる教育塾を設置します。
長年の社会貢献や明治政府への協力が認められ、明治10年(1877)、八代熊谷直行(なおゆき)に900年来伝承されてきた宮中御用の「合せ香」の配合がすべて伝授されます。そして、東京にも店舗を開きました。京都市中京区寺町の本店には、気軽に聞香のできるカフェもありますので、是非一度遊びにお出掛け下さい。
香には、大きく分けて二種類あります。天然の香木を細かく切断したものと、更にそれを粉砕して墨粉や蜂蜜と混ぜ合わせて好みの調合を施した丸薬のような練香があります。平安貴族は、自分オリジナルの練香の薫りを衣服に焚きしめていて、追い風で恋人もその訪問を悟ったと物語にあります。武士の時代になりますと、そのような悠長なことはしていられず、香木一種を鎧兜に焚きしめて戦に向かうことになりますが、首を撥ねられるときに恥じないよう、兜には特に念入りに行なったということです。
茶道も、香木は五月から十月、練香は十一月から四月までの季節に分けて使います。香合は、それらを入れる容器ですが、香木は木地もしくは漆塗りのもの、練香は陶器製の小壺に収めて点前に持ち出します。茶会に行かれて、床の間に香合が飾られているときは、炭点前を省略するという合図です。本来は、客が席入りして主客の挨拶が済むと亭主は炭を仕組んだ籠を持ち出して客の前で炉中に炭を入れていくのですが、大寄せの茶会などでは裏の水屋の仕事になります。
昨春より、茶道も悉く行事が中止となり寂しい限りですが、日々の木々の芽吹きや鳥の声に癒されています。
皆様にも、日常のひとときに一服のお茶や香りを楽しんでいただけたらと思います。。
香道直心流の稽古場は、お隣の行田市にもあります。須加の長光寺というお寺で、ご住職は海外でも、禅と香道を広く伝えておられます。
お寺では、新春の「初音香」に始まり、「花祭香」や「七夕香」など、季節ごとに香会も開かれますので、ご興味のある方はお問い合わせください。
旧暦では、4月から夏に入ります。季節の変わり目ですので、どうぞお体に気を付けてお健やかにお過ごしくださいませ。
表千家 笠原みおり
(熊谷市文化財保護審議会委員)
茶室にも吉野山の和歌懐紙を掛けて花笠香合を飾り、花供養をしています。
京都府北区今宮神社摂社疫神社の祭礼に、4月の第二日曜日に行われるやすらい祭があります。鞨鼓を持つ少年と鬼とが花傘を守り、町から町へ踊り歩く奇祭で、床の間に飾っている香合は、その傘を模したものです。
桜の花が散り初める陰暦三月の頃疫病が流行したので、花の霊を鎮め無病息災を祈願したのが起こりと言われています。毎春、私たちに美しい姿を見せて散りゆく花に感謝と訣別の意を託し、初夏を新しい気持ちで迎えたいと思います。
香合(こうごう)に因みまして、今日は、私が習学させて頂いている香道直心流と鳩居堂のことを少しお話させていただきます。
鳩居堂初代熊谷直心(じきしん)は、熊谷直実から数えて二十代目になります。京都で医学や薬学を学び、寛文3年(1663)に本能寺の門前で薬種商「鳩居堂」を創業します。
四代目熊谷直恭(なおやす)は社会奉仕にも力を注ぎ、種痘摂取所「有信堂」を設け、息子の直孝(なおたか)はここに日本初の小学校として開校した「柳池小学校」の母体となる教育塾を設置します。
長年の社会貢献や明治政府への協力が認められ、明治10年(1877)、八代熊谷直行(なおゆき)に900年来伝承されてきた宮中御用の「合せ香」の配合がすべて伝授されます。そして、東京にも店舗を開きました。京都市中京区寺町の本店には、気軽に聞香のできるカフェもありますので、是非一度遊びにお出掛け下さい。
香には、大きく分けて二種類あります。天然の香木を細かく切断したものと、更にそれを粉砕して墨粉や蜂蜜と混ぜ合わせて好みの調合を施した丸薬のような練香があります。平安貴族は、自分オリジナルの練香の薫りを衣服に焚きしめていて、追い風で恋人もその訪問を悟ったと物語にあります。武士の時代になりますと、そのような悠長なことはしていられず、香木一種を鎧兜に焚きしめて戦に向かうことになりますが、首を撥ねられるときに恥じないよう、兜には特に念入りに行なったということです。
茶道も、香木は五月から十月、練香は十一月から四月までの季節に分けて使います。香合は、それらを入れる容器ですが、香木は木地もしくは漆塗りのもの、練香は陶器製の小壺に収めて点前に持ち出します。茶会に行かれて、床の間に香合が飾られているときは、炭点前を省略するという合図です。本来は、客が席入りして主客の挨拶が済むと亭主は炭を仕組んだ籠を持ち出して客の前で炉中に炭を入れていくのですが、大寄せの茶会などでは裏の水屋の仕事になります。
昨春より、茶道も悉く行事が中止となり寂しい限りですが、日々の木々の芽吹きや鳥の声に癒されています。
皆様にも、日常のひとときに一服のお茶や香りを楽しんでいただけたらと思います。。
香道直心流の稽古場は、お隣の行田市にもあります。須加の長光寺というお寺で、ご住職は海外でも、禅と香道を広く伝えておられます。
お寺では、新春の「初音香」に始まり、「花祭香」や「七夕香」など、季節ごとに香会も開かれますので、ご興味のある方はお問い合わせください。
旧暦では、4月から夏に入ります。季節の変わり目ですので、どうぞお体に気を付けてお健やかにお過ごしくださいませ。
表千家 笠原みおり
(熊谷市文化財保護審議会委員)
いまドキッ!埼玉(バックナンバー) 荻野吟子特集 [普及事業]
2年前の埼玉県広報番組で熊谷市俵瀬出身の公認初の女性医師・荻野吟子の生涯が特集され、当時制作されていた映画とともに紹介されています。
この番組はYouTubeで公開されており、荻野吟子記念館で収録された内容をメインに、江南文化財センター担当者による解説もあります。当時は荻野吟子の映画化が進められていた時期でした。どうぞご覧ください。
根岸友山・武香顕彰会の活動を後世に [近世]
根岸友山・武香顕彰会メンバーと、根岸友憲さん(右から2人目)
2004年に発足した根岸友山・武香顕彰会は、旧大里町冑山地域の名家である根岸家の歴史を顕彰し、江戸時代から明治時代にかけて活躍した草莽の臣である根岸友山と、その息子で『新編武蔵風土紀稿』の編纂に関わるなど好古家として活躍し、中央地方の政治にも深く関わった根岸武香の啓発を進めてきましたが、この度、コロナ禍による活動縮小などが影響し、2021年3月をもって解散しました。現在の根岸家当主である友憲さんや、同会の飯島会長を中心に、同会の活動を後世に伝えようと木製の解説板面が設置されました。同会は解散しましたが、今後は同会有志や冑山地域文化遺産保存会などのメンバーとともに研究会として再始動し、市指定有形文化財「根岸家長屋門」内にある「根岸友山・武香ミュージアム」の解説や、学習会などを開催する予定です。
集福寺の桜 [花]
市内下奈良の集福寺境内にも桜が咲いています。
集福寺境内は寺院建築の配置形式となる「伽藍」の構成が備わっており、江戸時代中期以降の建造物である本堂や仏殿、鐘楼等も現存しています。
本堂のすぐ脇には「奈良小学校発祥之地碑」が建てられています。奈良小学校は、明治6年(1873)に集福寺の建物を借りて「奈良小学校」として開校しました。その後「奈良尋常小学校」「奈良尋常高等小学校」「奈良国民学校」の校名を経て、昭和22年(1947)新学制により「奈良村立奈良小学校」と改称。昭和29年(1954)、奈良村は近隣の村と共に熊谷市に編入され「熊谷市立奈良小学校」と改称され今に至ります。
また、境内には石坂養平の古稀祝記念に建立された「石坂養平寿碑」があります。石坂養平は奈良村出身で、明治・大正・昭和を通じ文芸評論家、政治家として活躍しました。奈良小学校の校歌は、石坂養平氏が作詞をしたことでも有名です。
集福寺境内は寺院建築の配置形式となる「伽藍」の構成が備わっており、江戸時代中期以降の建造物である本堂や仏殿、鐘楼等も現存しています。
本堂のすぐ脇には「奈良小学校発祥之地碑」が建てられています。奈良小学校は、明治6年(1873)に集福寺の建物を借りて「奈良小学校」として開校しました。その後「奈良尋常小学校」「奈良尋常高等小学校」「奈良国民学校」の校名を経て、昭和22年(1947)新学制により「奈良村立奈良小学校」と改称。昭和29年(1954)、奈良村は近隣の村と共に熊谷市に編入され「熊谷市立奈良小学校」と改称され今に至ります。
また、境内には石坂養平の古稀祝記念に建立された「石坂養平寿碑」があります。石坂養平は奈良村出身で、明治・大正・昭和を通じ文芸評論家、政治家として活躍しました。奈良小学校の校歌は、石坂養平氏が作詞をしたことでも有名です。
根岸家長屋門の桜 [花]
いまドキッ!埼玉(2018年6月23日)で星溪園の紹介 [記念物]
3年前の埼玉県広報番組で熊谷市名勝「星溪園」などが紹介されています。
YouTubeで公開されており、お茶会体験などを通じて、星溪園の魅力をお伝えしています。また、稀少魚ムサシトミヨなど水を生かした街の雰囲気を感じることができます。コロナ禍の前の状況ではありますが、懐かしみをもって視聴された方から、再び星溪園を利用してみたいとのご連絡がありました。現在、星溪園では新型コロナウイルス対策を取りながら利用を再開しています。ご来場をお待ちしております。芽吹き始めた自然の中でのご散策をお楽しみください。