SSブログ

小江川聖観寺跡 [近世]

緩やかな丘陵と、谷合の斜面に並ぶ家々の風景が良く残る市内小江川の地には、かつて「聖観寺」と称する寺院がありました。
RIMG3481.JPG
小江川の地名は、古くは鎌倉時代末期の嘉永四年(1306)の天皇家の御領目録のなかに「武蔵大江」(ムサシオオエ)と記載され、また、室町時代の正平七年(1352)の足利尊氏が家臣に与えた領地を記した袖判下文に「小江郷」と記載されており、小江川の地を指していると考えられています。
聖観寺の開基は不明ですが、江戸時代の文化・文政期(1804~1829)に編まれた武蔵国の地誌『新編武蔵風土記稿』には、「聖観寺 天台宗今市村高蔵寺末小久保山大悲院ト號ス 本尊観音ヲ安ス」と記されています。
明治期の廃仏毀釈により廃寺となったこの寺院は、現在、その存在を示すものとして、天和・元禄期(1681~1704)にかけて造立された僧侶の墓塔の無縫塔や庚申塔・日待供養塔が数基、東向きの平場に残されています。無縫塔には、「元禄十七甲申年 権大僧都法印永海 和尚位 正月十二日」と刻まれています。
RIMG3515.jpg
地元小江川自治会では、往時を偲び、「小江川千本桜」事業の一環としてこの地を整備し、桜を植樹しています。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

御正村道路元標前中西遺跡出土瓶18 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。