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秉燭(ひょうそく) [近世]

市内の小江川地内で千本桜事業を行っている方から、桜の植樹の際に出てきたと、秉燭を江南文化財センターへ持参されましたので紹介します。
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秉燭とは、鉢状の容器(油皿)に灯心を受ける突起(臍:ほぞ)を設けた近世の燈火具の一つです。油皿に油を入れ、中央の臍(ほぞ)に灯心を立てて点火します。本資料は、口縁部・臍および油皿の一部を欠損しています。瀬戸・美濃産で18世紀につくられたのものと思われます。
この秉燭の出土した場所は、以前紹介した旧聖観寺にあたります。この聖観寺の開基は不明ですが、江戸時代の文化・文政期(1804~1829)に編まれた武蔵国の地誌『新編武蔵風土記稿』には、「聖観寺 天台宗今市村高蔵寺末小久保山大悲院ト號ス 本尊観音ヲ安ス」と記されており、明治期の廃仏毀釈により廃寺となった寺院です。詳細は不明な寺院ですが、今回紹介する資料は18世紀に属するものであることから、聖観寺で燈明具として使用されていたものかもしれません。

秉燭を用いた四字熟語に「秉燭夜遊」があります。これは、燭(ショク)を秉(と)りて夜(よる)遊(あそ)ぶ】と訓読みされて、人生は短いのだから、夜も明かりを燈して遊ぼうとの意です。

古代中国の詩人李白は、『春夜桃李園に宴するの序』で「秉燭夜遊」を詠んでいます。
夫天地者萬物之逆旅:夫れ天地は萬物の逆旅にして(それ天地はあらゆるものを迎え入れる旅の宿)
光陰者百代之過客:光陰は百代の過客なり(時間の流れは、永遠の旅人のようなものである)
而浮生若夢:而して浮生は夢の若し(しかし人生は、夢のように過ぎ去っていく)
爲歡幾何:歡を爲すこと幾何ぞ(楽しいことも、長くは続かない)
古人秉燭夜遊:古人燭を秉りて夜遊ぶ(昔の人が燭に火を灯して夜中まで遊んだのは)
良有以也:良に以有る也(実に理由があることだ)
ちなみに本詩は、芭蕉『奥の細道』の冒頭の「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」の原典とされています。

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