SSブログ

きかは便郵87 [きかは便郵]

昔の熊谷地域の絵葉書紹介87回目。今回は「清水染工場」の年賀状です。
somemonokoujou.jpg
文面は。「奉賀新春 昨年中は百事御引立を蒙り奉拝謝候尚本年も倍舊之御愛顧を奉希上候 頓首 一月元旦 特許第壹五二〇四號 絞風■元 絹布染物一式 印附染物一式 清水染工場 武州熊谷町 上部は清水染工場の一部 右側は乾燥室と水洗場 水洗場は星川の水源なり」と記されています。
左側の写真は、手前に二階建ての木造家屋と奥に染工場が写っており、手前の空き地で、星川で洗った反物を天日干をしている様子が写っています。右側の写真は、大きな桶と男性が三人写っており、説明文にあるとおり水洗場と思われます。小屋の奥は木が生い茂っており、現在の星渓園の玉の池と思われます(清水染工場の位置はこちら)。

清水染工場は、明治22年、清水奥太郎が松山町より熊谷町鎌倉町に移転し、染色業を開業し、染色業の基礎を固めました。2代目平次は、大正2年に熊谷町町会議員に当選し、熊谷染色組合長として業界の発展に尽力しています。3代目好一は、文化町内に新工場を新設し、清水染工場として、業界のトップを占めるに至っています。昭和17年には熊谷市市議会議員に選出されています。清水家3代にわたる業界の推進指導により、熊谷の染色工業は「熊谷染め」として全国的に有名となり、地場産業としての価値を高めるに至りました。

絵葉書には、1906年(明治39)発行の、1銭5厘紫の「菊切手」が貼られ、消印は熊谷局の大正12年1月6日の消印が押されています。
somemonokoujou2.jpg
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。