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「笑わない男」のポスターで街に活気を [その他]


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 熊谷市では熊谷商工会議者などを中心に新型コロナウイルスの影響を受けて縮小していた街の活気を取り戻そうと、昨年のラグビーワールドカップ(W杯)で活躍し、稲垣啓太選手を起用してポスターを制作しました。熊谷に本拠地移転を予定しているパナソニックワイルドナイツの協力で、「笑わない男」の異名を持つ稲垣選手の無表情を前面に出し、「熊谷のみんなには笑っていて欲しい」というキャッチコピーを記したデザイン。今後、商店や公共施設で張り出す予定です。市内事業者を応援し、市民を元気づけて景気回復につなげる狙いとのことです。熊谷市にいらした際はこの「笑って欲しい」ポスターに注目です。


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肥塚古墳群と古塚古墳石棺 ― 1 [その他]

 肥塚「成就院」の周辺に存在した肥塚古墳群を『熊谷町誌』(1929編纂)や最近の発掘調査内容から一部復元しました。その特徴は、①河原石積石室、②角閃石安山岩の加工礫積石室、③凝灰岩の截石積石室、などの石材を用いた横穴式石室があったことです。玄室平面は弧状の形から「胴張型」と呼ぶ石室構造をしており、古墳時代後期から終末期の築造と考えられます。①の河原石は人頭大の楕円礫が主で石室床に敷く小礫と共に荒川採取と思われます。②角閃石安山岩は群馬県榛名山二ツ岳の噴出溶岩が利根川水系に流れ下ってきたもので利根川流路に面した妻沼低地近辺の古墳に使用例が多く、②の石材利用の古墳としては肥塚古墳群は南限の使用例です。③凝灰岩は明治期に旧諏訪神社跡地から掘出された石棺材1点と蓋石と伝わる石材2点(AとB)で成就院境内に保存展示され、「古塚古墳石棺」と呼ばれる市指定文化財です。この灰白色凝灰岩は市南部の小江川から滑川町に産出する凝灰岩を運んだと考えられます。凝灰岩は産出地近辺の石室には多用されますが石棺への使用は珍しい例です。当初の石棺は灰白色凝灰岩を刳り貫き、長さ約2m・幅1.2m・深さ50cm程の棺身に平石Bを蓋にしたとされていますが、少し疑問が残ります。
使用石材の差異はこれを調達した人々の生活圏や交易活動など様々な観点から考える余地があります。
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「古塚古墳石棺」下部が棺身、上部は蓋石に仮設された石材
※ここまではBUNKAZAI情報 第27号に掲載しました。以降のレポートはその続編です。(新井)

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石仏熟覧6 九品仏 [その他]



前回、西別府安楽寺のアジサイの開花状況をお知らせしましたが、再度訪れてみました。
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前回の訪問時

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今回の訪問時

 境内林の中に咲きほころぶアジサイの背後に別府氏供養塔がみえ、その背後に九体阿弥陀堂が望めます。
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九品仏堂 上品上生 阿弥陀如来像

 九体阿弥陀堂は室町時代(永正4年―1508―年頃)に当地方の記事を載せる「旅宿問答」に見え、「丈六大伽藍」「九体丈六」とみえ、別府氏ゆかりの仏堂であると説明している。現在は「九品仏」の名で市指定文化財となっている。九品仏は上品・中品・下品、上生・中生・下生の九通りの組み合せによりすべての人々の極楽往生を交通整理してくれるとされています。

参考 『熊谷市史 通史編上巻』 542頁―別府の空間― 544頁「旅宿問答」の世界
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文化財専門情報誌「月刊 文化財」 日本遺産をテーマとして [お知らせ]


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文化庁文化財部監修 国内の文化財専門情報誌「月刊 文化財」の最新号7.8月号のテーマは「日本遺産」です。埼玉県内では隣接する行田の足袋文化などが登録されている日本遺産。今後の日本遺産のあり方などが記されています。妻沼聖天山の国宝「歓喜院聖天堂」の保存修理事業で彩色復原を担当した株式会社小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏の寄稿もあり、文化財の活用や地域の整備事業について提言しています。ご参照ください。

日本遺産 概要
日本遺産(にほんいさん、Japan Heritage)は、文化庁が認定した、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリーである。各地域の魅力溢れる有形・無形の文化財群を、地域が主体となって整備活用し、国内外へ発信することで地域活性化を図ることを目的とした、日本の文化遺産保護制度の一つである。


『月刊 文化財』
https://www.daiichihoki.co.jp/store/products/detail/100412.html

日本遺産について(文化庁ホームページ)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/


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熊谷市指定有形民俗文化財「上久下の数珠付鉦一口」 [民俗]


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熊谷市久下にある「権八地蔵」の隣にある久下上区集会所には、熊谷市指定有形民俗文化財「上久下の数珠付鉦一口」が収蔵されています。権八地蔵の調査と合わせて、秘蔵の数珠を確認させていただきました。この数珠は、久下の権八地蔵尊の地蔵堂に保管されていました。天保13年(1842)以降に製作されたと推定されています。桐製の大玉2顆・小玉217顆からなり、先祖供養などを祈願したもので、すべての玉に刻字があります。百万遍の数珠として用いられ、刻字された人名から県外の地元出身者との繋がりを知ることのできる、歴史的な資料です。百万遍とは地域の住民が集い、数珠を持ち、順に回しながら念仏や御詠歌などを口にして人々の安寧などを願うものです。その際の音頭をとる道具が鉦です。この信仰行事は知恩寺8世善阿が流行病をなおすため7日間 100万遍の念仏を称え、効験があったことから、各地に派生したものです。現在、百万遍の行事は昭和40年代以降行われなくなっていますが、現在の新型コロナウイルスの感染予防を祈願する上でも、興味深い貴重な民俗文化財です。



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暴風雨・降ひょうに伴う農作物等管理技術対策について [記念物]

暴風雨・降ひょうに伴う農作物等管理技術対策についてご紹介します。
6月6日夕方、県北地域を中心に暴風雨・降ひょうがあり、一部で農作物等が被害を受けました。
当日は熊谷市指定名勝内の樹木の倒木などの被害もありました。
埼玉県農林部 大里農林振興センター 技術普及担当が、
農作物等の技術対策資料を以下のとおり作成し公開しています。ご参照ください。

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一昨年秋の豪雨で倒木があった県指定史跡「別府城跡」外濠

詳細は以下のページをご参照ください。(PDFデータ)
https://www.pref.saitama.lg.jp/b0906/nouka/documents/200607boufuuukouhyoutaisaku.pdf


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平戸の大仏デザイン入りエコバック [その他]

 現在進行中の源宗寺本堂保存修理事業。
 熊谷市の指定有形文化財である木彫大仏坐像、通称「平戸の大仏」を収める源宗寺本堂。建物の老朽化により、仏像の保存にも支障が生じることが懸念されるため、委員会を立ち上げ、本堂の改修工事に向けて活動が進められています。
 先日、委員会の一員で当事業にご協力いただいている、立正大学地球環境科学部の原先生から、ご連絡をいただきました。
 地球環境科学部の学生さんご協力のもと、エコバックを作成されたとのこと。デザインに平戸の大仏も入れていただきました。
 他にも、妻沼の歓喜院聖天堂や星宮の愛染堂がデザインされています。 
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 このバックは、オープンキャンパスで大学に来訪される高校生向けに配布されるそうです。


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マニアックな埼玉の大地を感じる―KOCO “ココ” ちちぶ [記念物]


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埼玉県秩父地域振興センター の特集トピックス「気になる秩父人がお薦めする“ぜひココ”な観光スポット情報KOCO “ココ” ちちぶ」の新たな記事が掲載されています。
https://www.pref.saitama.lg.jp/b0112/kanko-tiiki-info/koco9.html

今回登場する人物は埼玉県立自然の博物館で主任学芸員を務める井上素子さん。
同館で井上さんが担当した企画展「地図と模型で見る埼玉の大地」は新型コロナの影響を受けていましたが、8/31まで期間延長が決まり、その展示内容をはじめマニアックな長瀞の岩石や自然や歴史を感じる場所などについて案内しています。とても興味深い内容です。


埼玉県立自然の博物館ホームページ
https://shizen.spec.ed.jp/


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石仏熟覧5 五輪塔 [その他]

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藤原頼重五輪塔 西別府 安楽寺 五輪塔を刻んだ墓石―江戸時代 下川上所在

 中世墓石の代表例は五輪塔と宝筺印塔です。板碑は塔婆の一つで供養塔になりますが、中世末から近世には墓石へ姿を変えていくようです。市域は中条氏や熊谷氏はじめ多くの武蔵武士が興った土地柄、彼ら武蔵武士に関わるとされる墓石も残されています。西別府安楽寺に所在する別府氏の墓石には「藤原頼重」のものと伝わっています。元々藤原氏を祖とする頼重は西別府の地を拠点としたことから別府を名乗りますが、家系を標示する本姓は藤原を使います。写真は五輪塔で、群馬県笠懸の天神山系から採取された凝灰岩を使用しています。粒子のやや大きい乳白色の地肌をしていますが、長年の風雪により風化退色が進んでいます。塔は上から空風輪・火輪・水輪・地輪とそれぞれの部材をくみ上げて造られています。なおこれらの部品には梵字で「キャ・カ・ラ・バ・ア」が刻まれることもあります。

安楽寺のアジサイはこれから見ごろになるようです(紫陽花の花はすべて安楽寺)。

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image008s.jpg image011s.jpg  アジサイいろいろ

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整理調査の現場から     古代の技術、現代の技術 [その他]

 今私の目前におよそ1万年の時を超えて名の伝わらない誰かの「旧石器人」が造った黒曜石製の石槍があります。整った木の葉形をしたており、ガラス質の石を薄くはぎ取った痕跡が明瞭です。旧石器人のだれもが石器を造れたかはわかりませんが、利器としての石器造の技術は、手わざの粋として縄文時代の石鏃造へと受け継がれていきます。それも弥生時代には金属器の刃物に替わり、現在ではより科学的な技術を駆使して様々な加工が可能になっています。ある意味技術の進歩であり、ある意味技術の退化でもあるようです。 image001s.jpg
 私は実測図を作成するとき、いまだに鉛筆を使います。使い慣れたトンボのmono2H、三菱のユニ2Hが頼りです。最も老眼が進んでいるため、0.3芯のシャープペンも助っ人にいます。その他、デイバイダー お手製の真弧などが相棒といったところです。
 極め付けの測線が引けなくなるとひとしきり鉛筆を削って休息と精神統一を致します。自我没入のときです。ふと、作業中の同僚やサポーターのお姉さんたちを見渡すと、そろいも揃って皆三菱ユニのシャープペンシルをご使用中。これかと気づきました。技術の革新あるいは緩やかな変化は旧石器人から縄文人そして弥生人も経験したこと、そして私も前時代人(昭和の人です)の中入りなんだと。  でもね、いいことばかりではないと思いますよ、刃物を使って物を切る削る加工する技術は手わざの、人間の基本的な生活技術でないかい。キイボタンを押すだけでは脳細胞の刺激にならないのでは、下町ロケットを見たかとまでは云いません。 image002s.jpg
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 一度だけお酒をご一緒させていただいた佐原 真(1932~2002)氏(当時、ほんの駆け出しだった私にとって、佐原氏は考古学の神様のよう方でした)は1980年の随想にこんなことを書いていました。

 『鉛筆をさしこめば電力が鋭らせてくれる。こうして人は鉛筆を削る技術を失ってしまった。自動車の普及は足の力を弱め、テレビへの熱中は家族同士の語らいの座を奪って親子間の心の交流を減じ、そして電卓は人間の計算能力を、脳の働きを確実に侵犯しつつある。技術・道具・機械の際限のない発達、それは人間の将来を脅かしているのだ。』

 40年たって、少子高齢化、当たり前のスマホなど、自然、社会の環境変化、人間の五感の変化、退化など覆い隠せるものではないだろう。考える技術は失ってはならないものだと思う。結びに佐原氏はこう書いていました。

 『古い技術・道具を棄てさる因襲こそ棄てさって、それを再開発して身につけることこそ、人類が万物の霊長として地球に君臨しつづける必須条件であるまいか。』

佐原 真1980「技術・道具随想」『歴史公論5 ―古代日本人の生活―』
佐原 真2005『佐原真の仕事』全5巻 岩波書店
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