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水塚と堤防-1 [その他]

 利根川・荒川は市域にとって生みの母とも云えますが、時には大洪水を引き起こす手ごわい存在です。直実の時代からは洪水や被災した伝説が数多く残り、荒川には戦国時代に築かれた北条堤から明治期の萬平堤まで何度も築堤や修築が行われています。
 利根川ではより広範囲に洪水被害を受けることから戦国時代に築かれた文禄堤から江戸時代の寛保大洪水後の幕府直轄で行われた修堤工事、中条堤の増強工事などが大規模に行われています。
 水塚は小地域や個人宅に造られた洪水除けの施設です。重要な建物を流失させないためや、平地での避難先として盛り上げた建物基壇や丘がこれに当たります。市域には所々に遺されており、土木遺産として独特の景観をしています。
 なお、利根川流域を対象として調査された「『埼葛・北埼玉の水塚』東部地区文化財担当者会報告書第7集2013」は大変参考になります。
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水塚に乗る神社-上須戸 直径約30m、高さ約3m

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中条堤-上中条から日向付近
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