群馬 高崎の旅ー熊谷の名工の足跡を辿るー その2.北野神社 [熊谷の名工]
榛名神社を参拝した後、同じ高崎市内の箕郷町生原にある北野神社に向かいました。
北野神社本殿は、榛名神社の双龍門を手がけた大工棟梁・清水和泉と、熊谷市玉井村出身の彫刻師・小林源太郎(注1)により文久元年(1861)に完成しました。
最近、修復を行ったのでしょうか。唐破風の屋根下部分や板戸に使用されている木材が、まだ新鮮な色合いをしています。柱や梁、彫刻部分は以前のものを再利用しているようです。
屋根は、木造檜皮葺の唐破風造り。本殿は木製の覆屋で囲われていますが、柵の間からその様子を見ることができます。細部まで非常に緻密な彫刻が施されています。
海老虹梁に巻き付く龍の彫刻は、榛名神社を思わせます。
布袋らが囲碁に興じる様子は、熊谷の国宝・歓喜院聖天堂奥殿の大羽目彫刻と類似しています。
(写真下)歓喜院聖天堂奥殿大羽目彫刻 西面中
北野神社本殿は、高崎市の指定重要文化財となっています。
(注1)小林源太郎・・・寛政11年(1799)~文久元年(1861)。熊谷市玉井村生まれの彫刻師。
一般に熊谷源太郎。初代小林源八正信を継いだ二代目。本姓長谷川。弘化2
年(1845)越後へ旅立ち、以後、新潟県内にて「日本のミケランジェロ」と称
された石川雲蝶との多くの共作を残した。源太郎の作品と伝えられている
ものは、高崎市・榛名神社双龍門、新潟県魚沼市・西福寺鐘楼、東松山・
箭弓稲荷神社等がある。
参考文献
阿部修治 2020 『甦る「聖殿山本殿」と上州彫物師たちの足跡』 株式会社さきたま出版
日下部朝一郎 1982 『熊谷人物事典』
北野神社本殿は、榛名神社の双龍門を手がけた大工棟梁・清水和泉と、熊谷市玉井村出身の彫刻師・小林源太郎(注1)により文久元年(1861)に完成しました。
最近、修復を行ったのでしょうか。唐破風の屋根下部分や板戸に使用されている木材が、まだ新鮮な色合いをしています。柱や梁、彫刻部分は以前のものを再利用しているようです。
屋根は、木造檜皮葺の唐破風造り。本殿は木製の覆屋で囲われていますが、柵の間からその様子を見ることができます。細部まで非常に緻密な彫刻が施されています。
海老虹梁に巻き付く龍の彫刻は、榛名神社を思わせます。
布袋らが囲碁に興じる様子は、熊谷の国宝・歓喜院聖天堂奥殿の大羽目彫刻と類似しています。
(写真下)歓喜院聖天堂奥殿大羽目彫刻 西面中
北野神社本殿は、高崎市の指定重要文化財となっています。
(注1)小林源太郎・・・寛政11年(1799)~文久元年(1861)。熊谷市玉井村生まれの彫刻師。
一般に熊谷源太郎。初代小林源八正信を継いだ二代目。本姓長谷川。弘化2
年(1845)越後へ旅立ち、以後、新潟県内にて「日本のミケランジェロ」と称
された石川雲蝶との多くの共作を残した。源太郎の作品と伝えられている
ものは、高崎市・榛名神社双龍門、新潟県魚沼市・西福寺鐘楼、東松山・
箭弓稲荷神社等がある。
参考文献
阿部修治 2020 『甦る「聖殿山本殿」と上州彫物師たちの足跡』 株式会社さきたま出版
日下部朝一郎 1982 『熊谷人物事典』
2020-08-24 16:38
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