中世石造物調査 [中世]
市史編さん事業に伴う今年度第14回目の中世石造物調査を行いました。
市立熊谷図書館が所蔵する板碑60点余りを調査しました。
なお、今回の調査の対象ではありませんでしたが、
熊谷図書館3階美術・郷土展示室には、10点以上の板碑が展示されています。
所蔵資料の中には、縦152㎝、幅35㎝、厚さ6.0㎝の大型の板碑もあります。
(この資料は展示していません。)
上部には、連座の上に阿弥陀如来の種子であるキリーク、
下部には、光明真言と銘文が、ていねいに彫られています。
銘文には、「藤原直行 法名行円(文保二年十二月十三日入滅)のおおんため、藤原氏母敬白、」とあります。
熊谷武士と想定される藤原直行という人物が、1318年に亡くなったため、
その母が、息子を供養するために造った板碑です。
熊谷の藤原姓を持つ武士というと、藤原四兄弟(成田、別府、玉井、奈良氏)が想い浮かびますが、はっきりとした人物比定はできていません。
武者の世に息子を失った母の悲しみが、非常に伝わる資料です。
市立熊谷図書館が所蔵する板碑60点余りを調査しました。
なお、今回の調査の対象ではありませんでしたが、
熊谷図書館3階美術・郷土展示室には、10点以上の板碑が展示されています。
所蔵資料の中には、縦152㎝、幅35㎝、厚さ6.0㎝の大型の板碑もあります。
(この資料は展示していません。)
上部には、連座の上に阿弥陀如来の種子であるキリーク、
下部には、光明真言と銘文が、ていねいに彫られています。
銘文には、「藤原直行 法名行円(文保二年十二月十三日入滅)のおおんため、藤原氏母敬白、」とあります。
熊谷武士と想定される藤原直行という人物が、1318年に亡くなったため、
その母が、息子を供養するために造った板碑です。
熊谷の藤原姓を持つ武士というと、藤原四兄弟(成田、別府、玉井、奈良氏)が想い浮かびますが、はっきりとした人物比定はできていません。
武者の世に息子を失った母の悲しみが、非常に伝わる資料です。
2015-02-05 08:53
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0